中学校や高校で勉強する物理は、質点の物理といって、体積が0の一点に質量が集中している、理想的な状態を考えます。物体が大きさを持っていても、その重心に体積が集中していると考えます。
しかし、サッカーボールを蹴るような場合は、ボールは体積を持ち、それを蹴る足も大きさを持った、質量のある物体です。このような、大きさを持ち、質量を持った物体の物理的性質を調べることを、剛体の物理と呼びます。質点の物理は、剛体の重心一点に質量が集中していると考える理論ということになります。
たとえば、地球に小惑星が衝突するような場合を考えます。このとき、質量を持った点同士を衝突させて、どちらの方向に、2つの質点が跳ね返るかを考えても意味がありません。地球がどのようにゆがんで、津波がどの程度起るかなど、地球全体の変化を考える必要があります。
サッカーボールなどを蹴る場合も、インパクトの瞬間にサッカーボールがどう変化しているか、蹴るための足の動きがどのようになれば、効果的にボールにエネルギーを伝えられるか、どのような回転をボールがすれば、どのような変化が起きるかなど、質点の運動とは全く別のことを考えなくてはなりません。
それでは、最初に足の動きにより、どれだけ効率よくボールにエネルギーを与えることができるかを考えて見ましょう。
足には質量が各場所に分布しています。簡単な言葉で言うと、足の各部分に重さがあって、それが全体として足の重さになります。
質量が体積を持った物体に分布しているときは、一つの点に質量が集中していると考える物理量の代わりに、別の物理量を考えなければなりません。
たとえば、回転している木の棒を考えて見ましょう。端を持って、木の棒を振り回すときと、木の棒の中心を持って回転させるときとでは、手に掛かる力が違うのが分かるでしょう。
それで、大きさを持った物体の運動のエネルギーを考えるときは、重さの代わりに慣性能率(慣性モーメント)というものを考えて、エネルギーを計算します。この慣性モーメントは重さの分布、運動の仕方によって、積分を使って計算をしないといけません。それは、難しくなってしまう場合もありますから、ここでは、簡単な場合を考えて見ます。
先程の木の棒のようなものを考えましょう。
この簡単な場合でも、効率よくサッカーボールを蹴るにはどうしたらよいかの易しい説明はできます。
さて、次の表をご覧ください。
この表の一番最後の行がエネルギーになっています。
簡単な例を使います。密度が一定、すなわち各場所に同じ体積が載ってる棒を考えます。その長さを2a とします。棒の中心、今はここが重心になります。
ここを中心にこの棒を回すと慣性能率は、となります。
M は棒の体積です。棒の端で、この棒をまわすと慣性能率は、となります。これが上の表の中のI になります。
運動エネルギーは、これにを掛ければよいことになります。
この棒を足だと思いましょう。中心がひざだと思えば、端でまわすときは、腰から足全体を使ってボールを蹴るときになります。ひざ下だけでボールを蹴るのが、中心でまわすときになります。
運動エネルギーは同じ速度でまわすと、慣性能率が4 倍ですから、腰から使ったほうが、4 倍のエネルギーをボールに与えられます。同じ、エネルギーを与える場合は、腰を使ったときには、2分の1の回転速度で十分だということになります。
もちろん足の筋肉の重さは、一定の分布をしているわけではありません。腰に近い方の筋肉のほうが重いわけですから、この数字はより正確に計算すれば、腰を中心に回転するほうがより大きなエネルギーをボールに与えることができると考えられます。
柳谷晃 YANAGIYA Akira
数学者、早稲田大学高等学院数学科教諭、同大学理工学部兼任講師。
単に理論算術にとどまらず、微分方程式を武器に、多種多様の複雑系事象を
数学的に渉猟する学際的研究家。
守備範囲は広く、好奇心は無限。著書の一部を掲載すると次のとおり。
『教師の品格』
『時そばの客は理系だった』
『冥途の旅はなぜ四十九日なのか』
『これはすごい!数学が使える人の問題解決法』
『パチンコとパスカルの意外な関係―世の中みんな数学でできていた!? 』
『忘れてしまった高校の数学を復習する本―高校数学ってこんなにやさしかった!?』
『男と女のすべてのことは数学でわかる―「出会いの確率」から「相性のいいパートナーの秘密」まで』
なお、『教師の品格』は同僚教師たちを震えさせ、『冥途の旅』はベストセラー、
『忘れてしまった』はタイトルの長さ同様、いまもロングセラーを続ける。
interviewed by WASEDABOOK