サッカーとの出会いは
好きだった男の子がサッカー部だったこと
「天国へのシュート」吹替翻訳を担当した河村里栄氏に
サッカーと翻訳の魅力について訊いた
「天国へのシュート」の映画は、オランダ代表になる日を夢見て練習に励む12歳のサッカー少年とコーチ役の父親との絆を描いたファンタジー映画で日本でも上映されました。
この仕事は、以前トライアルを受けた会社から依頼を受けたものです。
その制作会社に送っていた職務経歴書にサッカー関連の翻訳もやっていると書いていたので、思い出して連絡を下さったのです。
特に専門的な知識が必要というわけではない、ファミリー映画でしたが、「サッカーを知っている人にお願いしたい」とのことでした。トライアルは字幕だったのですが、ずっと前にその会社の前身となる会社から吹替のお仕事をいただいたことがあり、担当者がそのことも覚えていてくださったようです。
もうだいぶ前にやったのであまり覚えていないのですが、特に難しいところはなかったと思います。ただ、子供が出てくる作品の場合、声を大人が当てるか子供が当てるか分からないので、言い回しには気を使いました。
原画はオランダ映画ですが、原語は何語でしょうか。
オランダ語スクリプトと英語の字幕原稿をいただき、それをもとに作業しました。
翻訳できるのは英語だけですが、特に欧州の作品は英語台本か英語の字幕原稿がついていることが多いので、一応、何語の作品でも対応は可能です。
英語台本がなく、原語の全訳や日本語の字幕台本からリライトという形で吹替台本を作ることもあります。
吹替翻訳はどのように作業が進むのでしょう。
作業用の素材として、映像とスクリプトをいただき、まず映像をとおして見ます。全体の様子が分かったところで、もう一度映像を見ながらスクリプト上でブレスの位置を確認していきます。
ブレス1拍ならばスラッシュ1本、ブレスがそれ以上ならばスラッシュ2本というように、スクリプトに印を入れていくのです。全編を一気に行うわけではなく、シーンごととか、カットごととか、区切ってやっています。
その後、このブレスの位置に合わせてセリフを作っていきます。作ったらビデオを回しながら自分でセリフを言ってみて、長さや口の動きと合うかどうかをチェック。オリジナルの俳優さんの演技に合わせて声を当てられるように、自分も演技しながら確認します。
少しセリフを作ってはチェックし、合わないところを修正、再びチェック、という作業をひたすら繰り返していきます。
字幕翻訳の仕事もなさっていますね。両者は違いますか。
吹替は画面の後ろのほうでしゃべっている人のセリフや、テレビ音声など、字幕ではオフ(字幕を作らない)にするセリフも全部作らなければならないので、作業量は多いです。テレビ音声などはスクリプトにない場合がほとんどですので、翻訳者のほうで創作して何かしら作らなくてはなりません。
また、吹替は日本語台本以外に梗概という、あらすじのようなものと、キャスト表も一緒に提出する必要があります。字幕はこれらがないので一見楽そうですが、ハコ書きとスポッティングという、字幕の長さを計る作業があります。
翻訳そのものに関しては、吹替はやはり口に合わせるのが難しいです。日本語と英語では語順が違いますので、そのまま言わせたのでは口や表情と合わない部分が出てきます。
そこで日本語の語順を入れ替えるのですが、入れ替えても日本語としての自然さは維持しなければならない。その兼ね合いにいつも苦戦します。
字幕は逆に、言っている内容そのままではなく、言わんとしていることを制限字数内にまとめるという作業になります。
ほかにもいろいろ制約がある中で、見てスッと頭に入る字幕を作るのが難しいです。アプローチは違えど、作品自体に集中できる、ストーリーに入り込める字幕なり吹替を目指すという点では同じだと思います。
「天国へのシュート」は、数々の国際賞を受賞しています。
実際にご覧になったときはどのようなお気持ちでしたか。
キンダー・フィルム・フェスティバルでは何度かボランティアとして翻訳協力をさせていただいたことがあって、この作品が同映画祭にかかっていることも知っていましたので、DVD化にあたってお仕事が来たときは、とてもうれしかったです。
実際に見てみて、ファミリー映画として、とても良質な作品だと思いました。子供たちにも伝わりやすいストーリーなので、各映画祭でも賞を取ったのでしょう。少年の成長、家族の絆、家族の再生が、サッカーを通してうまく描かれています。
映画ではオランダ国内のサッカーシーンが映されています。
オランダは世界的にサッカー強豪国として知られています。
なぜサッカーが人気が高く、それも強いのでしょう。
正直、そういうことはよく分かりません。
ユースシステムがしっかりしていることが逸材を輩出し続けている要因の一つであるのは間違いないと思いますが。
以前から欧州サッカーに関するWeb記事の翻訳をされてきていますね。もともとサッカーに興味があったのですか。
2003年から欧州サッカー連盟の公式サイトUEFA.comの翻訳をしています。パソコンの前で待機していて、記事が出たらすぐに訳すという仕事です。
サッカーとの出会いは…小学生のときに好きだった男の子がサッカー部でした(笑)。それが理由かは分かりませんが、その後もずっとサッカーは身近な存在でした。
大学では体育会サッカー部のマネージャーもやりました。でもプロの試合を日常的に見るようになったのは社会人になってからです。
単純だけれど奥の深いスポーツだと思います。
昔ながらの黒白のサッカーボールにもなぜか愛着があります。
サッカーのニュースを翻訳することの刺激や楽しさとは、どのようなものでしょう。
今終わったばかりの試合のマッチレポートなど、新鮮な記事を日本語にしてすぐに発信できるというのは、とても刺激的ですし、やりがいがあります。
好きな選手やチームに関する記事を訳せたときもうれしいです。
ただ、ニュースということで当然スピードと正確性が求められますし、マッチレポなら臨場感も伝えなければならない。なかなかいい訳語が思いつかず、焦ることもあります。
毎日が時間との闘いなので、終わるとドッと疲れてしまいます。経験を積んで慣れてきたとはいえ、同じニュースは二度と来ないので、毎日がチャレンジです。
好きな選手や注目している選手はいますか。
たくさんいます。
一番好きなのは、もう引退してしまいましたがデニス・ベルカンプです。彼が出ている試合では、プレーの一つ一つを目で追ってしまいます。
現役選手の中では、ライアン・ギグス、エイドゥル・グジョンセン、ジョー・コール…。あとはウェイン・ルーニーやイビツァ・オリッチなど、ひたむきな選手が好きです。
最近注目しているのはリヨンのGKウーゴ・ロリス。彼も黙って仕事をするタイプで、スーパーセーブを披露しても謙虚なところがいいです。
映像(吹替え・字幕)の他に、整体やヨーガ関連の翻訳もあります。
上記のサッカーのウェブ記事と雑誌の翻訳、あとは書籍もやりました。
ある出版社がサッカーのハウツーもののような本の訳者を探していて、応募したら運良く翻訳をやらせていただけることになりました。その出版社にとってサッカーものは専門外だったので適当な訳者が見つからず、困っていたらしいのです。
その後、同じ出版社からヨーガやベビーマッサージなどの本の依頼を受けました。どれも知識もなじみもなかったので国会図書館に通って調べ物をしたりして、勉強しながら訳しました。
そもそも翻訳者になろうとしたきっかけは。
子供のころから英語と映画が好きで、画面に出てくる字幕に興味を持ちました。
でも当時は、それが仕事になる(食べていける)とは思っていなかったので、大学では全く違うことを勉強し、就職したのも英語や映画とは全く関係のないところでした。
その後結婚し、しばらくして正社員の仕事を辞めた際に、何かやらなくてはと考えていて字幕へのあこがれを思い出したのです。一生、どこへ行ってもできるような仕事をしたかったというのもあります。それでパートをしながら翻訳学校に通いました。
翻訳の品質を維持するために、どのような工夫や努力をしていますか。
いろいろな映画を見たり、良質な訳文を読んだりして、うまいなと思う表現はメモを取るようにしています。
そうやってストックを増やしておくと、必要なときに記憶から引き出しやすいからです。
あとは勉強会に参加して、仲間から刺激をもらっています。
翻訳のどのような点が面白いですか。
原文のニュアンスをそのまま日本語にできたときは達成感を得られます。字幕では特に歌詞やモノローグの字幕がカッコよく決まったとき、吹替では自分の作った日本語のセリフが口にぴったり合ったとき、映画祭などでその映画を日本語で見た(聞いた)子供たちが笑ったり泣いたりしてくれたとき。
以前、ある吹替の収録で、プロデューサーのかたに、「ここのセリフ、何度聞いても面白い」と言われたときは、本当にうれしかったです。もちろんオリジナルのセリフが面白いからなんですが、自分が褒められたような気分になりました。
今後、どのような翻訳を手がけてみたいですか。
単館系の映画、シリアスなドラマ、そして子供向けアニメの良作、要は自分の好みの作品を手がけてみたいです。
あとはタップダンスが好きなので、タップがテーマの映画を誰か作ってくれないかなと。幼なじみで女優さんになった子がいるのですが、いつか私が作った吹替のセリフを彼女に当ててもらうというのも夢です。
河村里栄 かわむらりえ Rie Kawamura
翻訳者
東京都1971年生まれ、一橋大学社会学部卒
母国語;日本語、使用言語;英語
専門分野;字幕・吹替、サッカー
大学卒業後、会社員生活を経て、フェロー・アカデミーにて2年半、翻訳基礎・映像翻訳を学ぶ。その後、映像翻訳家である先生の事務所でアシスタントとして修行し、2003年にフリーランスとして独立。
これまでの作品は以下のとおり。
字幕:『ブラザーフッド』、『ルート66』、『Destination South Africa出場32ヶ国プレビュー』など
吹替:『ヘラクレス』、『ツォツィ』、『ホットショット』など
訳書:『サッカー上達マニュアル』、『ベビーヨーガ』、『スイナ式整体マッサージ』など
interviewed by WASEDABOOK